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21歳の女子大生

モラトリアムの延長に必死なごくごく一般的な大学生の日記

私と性との出会い

2017.3.17お昼過ぎ大学図書館、ヘンリー・W・ベイツ著「アマゾン川博物学者」片手に21歳の私はぼんやり考えていた。ヘンリー・W・ベイツさんは若干23歳でアマゾンへ行って11年間研究していたので、私もとてもまじめな気分だった。たとえ、机一つ離れた数式を書いてる大学生が奇声を発して笑っていても。考えていた。生命について。

 

生命はなぜ誕生するか。生命は何のために存在するのか。

 

小学校、中学校、高校、そして大学と私はまじめに勉学に取り組んできた。だから、私は知っている。生命の誕生、維持の最大の目的は新たな生命をまた生み出すことだと。

つまり、子孫を残すことだ。

 

子孫を残すこと。大切なことなのでもう一度言う。

 

子孫を残すこと。

 

これが我々ヒトも含む全生物の生きる理由だ。

なんなら、たいていの生物の行動は子孫を残すためという理由で説明できる。

過去から今へ、命がつながっていると考えると、とても自分の命を尊く感じる。

ありがとう、世界のみんな。

そして、子孫を残すためには有性動物であり、雌雄同体でない限り、オスとメスが物理的に出会い、分子レベルでも物理的に出会わなければならない。

オスとメスが出会ってワオワオしないといけない。

 

ワオワオしないといけない。大切なことなのでもう一度言う。

 

ワオワオ、またの名をSEX。

 

今や、友人大学生達はワオワオしまくってるし、隣の部屋からワオワオの木漏れ日がさしてきてもへっちゃらだ。なんなら、友人(男)から亜鉛が如何に素晴らしいかを説明されたこともある。男じゃねーよ、なんて思いながら今度使ってみるって答えた。使わねぇよ。

おんなじやつからゴムの良し悪しも聞いたことある。これは最高とか、これはまぁまぁとか。だから、使わねぇよ。

しかし、これを理解し、知ることは難しく、しかもそれを受け入れるときの子供はとても多感な時期である。SEXは思春期の子供にとってはとても刺激的な言葉だ。

だから、これをヒトは時間をかけて学ぶ。小学四年生あたりまでは子供がどうやってできるかなんて知らない。だんだん知っていく。

私も日本という国の教育で自然と学ぶはずだった。

ここまでが導入、とても真面目に書いた。

 

時は戻り、加藤小学四年生。

私は正義感が強く、いじめっ子に、相手がいじめだと思ったらそれはいじめなんだ。という名言を言い放つくらい正義感が強かった。顔面偏差値はそこそこ、勉強もそこそこ。

ジャングルジムのてっぺんからジャンプして脳震盪起こすくらいには普通の小学生だった。

そして、スマホもなくネットから子供はまだ遮断されていた時代だったし、保健体育の教科書でまだワオワオ部分はぼかされていたから、私はワオワオのワの字も知らなかった。

ある日、なぜか純真無垢な加藤少女はクラスでナンバーワンおとなしいA子の自宅に招待された。

何にも考えずに遊びに行った。

Aこの家に着いて、彼女がその辺に生えている苔をプランターで育てている(しかも名前がついていた。)のを見て、あれっって思った。そしてまさかのone on oneだった。

私たちone on oneで遊ぶほど仲良かったけなと。とりあえず、なんとなくのところで帰ろうと思っていた。

 

アニメを一緒に見た。深夜アニメなんて見たことなかったからとても面白かったのを覚えている。

たしか、darker than blackだったと思う。とても面白いアニメなので見た方がいい。

 

そしてA子が唐突に言う。「私の両親は高校教師なの。だから、生徒から没収した漫画があるの。」と。

私はとても喜んだ。漫画が大好きだったから。

そして、A子言う。「この漫画かとうちゃんにあげる。」と。

その漫画はきれいにカバーがついていた。その日は適当にしゃべって、そのまま帰宅した。帰宅後、私はとてもワクワクしながらその漫画を開いた。

 

 

 

 

 

ワクワクしながら見た漫画には、男と男のワオワオがいっぱいあった。

 

 

 

BL漫画だった。

 

私の知らないワオワオワールドがそこには確かに存在していた。

 

 

ちゃお(漫画雑誌)のキスシーンでさえ頬を赤らめて、なんだか気恥ずかしくなってすぐ次のページをめくってしまうくらいに、そしてまたキスシーンのページに戻って白紙を置いて模写しちゃうくらいに、幼い小学四年生に

男(眼鏡、仕事できる、ツンデレ、力は弱い上司)と男(イケメン、なんでも口に出す、押しては押しまくる部下)のワオワオは衝撃的だった。その日の夕ご飯では両親の顔がぼやけて見えた。

男のあそこってあんな風に別生き物みたいに変化するのとか、男と男でこういうことをするのは普通なのかとか、衛生的に問題ないのかとか、いや男女の場合はむしろどうやってするんだとか、ってかクラスナンバーワンおとなしいA子は全くおとなしい子ではなかった事実とか、高校生から没収した漫画がもっと見ちゃいけない小学生の手に渡ってる不思議とか、未だかつてないもやもやを私はその日から抱えた。

その漫画をどうしたかは覚えていない。

 

その何週間か後に室内に干していた洗濯物を取ろうと思って、座布団の敷かれた椅子の上に立った。その瞬間つるっと滑った。ケツが割れるくらい痛かったが、そこで生まれた出会いは私のもやもやを砕いてくれた。

座布団と椅子の間に、ザ・テレビジョンが挟まってた。

ただ、表紙と中身がつながってなかった。

表紙をとると出てきたのは、セクシーすぎるお姉さんだった。

中身はエロ本だった。中学二年生思春期真っただ中の兄のエロ本だった。

カモフラージュで表紙だけ変えたエロ本だった。

どうでもいいがザ・テレビジョンの表紙は草彅剛だった。

そのエロ本を熟読した。正しいか正しくないかわからないが、その時の私のモヤモヤを解消するのに必要なことを教えてくれた。

あぁ、そうか、なるほど。あぁ、なるほど。あぁ、、、、そうなのか、、、

熟読した後、お母さんにエロ本を渡した。中身は一瞬見て閉じたと言った。

 

その日から私は大人になった。ちゃおのキスシーンはガン見出来るようになった。ドラマで時々ある朝チュンも平気だった。保健体育の授業なんて寝てた。だって、私は知っているから。

 

 

その後、高校生になった私は学校でBL漫画を読んでた。確か、小説家(母性くすぐる系)と編集者(イケメンエリート)のワオワオワールド。夢中だった。

背後から、先生に没収された。

そのときよくわからないけど輪廻を感じた。

 

終わり